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日志


2008/7/17

午前3時の緊急電話

昨夜の当直
午前3時

何故かボク宛の外線が鳴る!

なぜ・・・?

熟睡の中で電話に出る。

と、それは
最近入職した内科医からだった

<父親が心筋梗塞をおこしてしまったんです!
今から緊急の心臓カテーテルなので、
どうなるかわかりません。
とりあえず明日は休ませてほしいんです!>

という電話だった。

彼の声は妙に高ぶっていた。

そりゃ仕方ないね、
と思いながら、当直室の質素な布団の中で、
ふと自分の過去の事を振り返ってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ボクは高校生の頃、
自分と家族の護身術として医学の道を選んだ。

それが初めて役に立ったのは、
3女が虫垂炎になったのを自分で手術した時。

近医で診断がつかず、
”医者の子なら父親に見てもらってください!”
と帰されたあげくだった。

ボクがおなかを触ったときには
中で何かが腐っているのは確実だった。
いつも元気な娘に活気はなかった。

放置すれば危ない・・

娘にメスを入れたときには、
何百とやった初歩的な手術なのに
異様に緊張した。
手術中は
父親である前に外科医であろうと自分に言い聞かせた。

手術が終わったとき、
はじめて家族を救えて、
初心ここに実るという感じだった。

しかし、
それまでのプロセスは
決して自分が納得できるものではなかった・・。

父親のがんの手術には助手で入った。
しかし発見が遅く、もはや手遅れだった。
実は、その前の数年間、
父親の検診をしていたのは、駆け出しの自分だったのだ。

最後、
苦しんでいる父にモルヒネをうち、
心臓が止まる瞬間を見届け、
母親に自ら死亡宣告をしたときには、
早く病変を見つけられなかった自分を心の中で責めた。

母親に
”あなたがお父さんを殺したのよ”
と言われたときは、
ボクの過去の人生で最低の瞬間だった。

その母親もその後、自宅で急変。
救急隊に指示しながら、
ボクは救急車の中で心臓マッサージを行っていた。

経験的に
どう見ても助からないとすぐにわかった。

でもマッサージをしながら近くの病院へ運んだ。
そうするしかなかったから・・・

その時の自分は、医者でも家族でもなく
抜け殻のようだった。

救急病院に着くと、
どう見ても経験の浅い
見知らぬ医者に母をゆだねるしかなかった。

そして
ボクは現場の看護師に追われるように待合室に出された。

蘇生を続けるその医者の立場は理解出来たが
助からないとわかっていたので、
本当は早く切り上げて欲しかった。

不要な蘇生は肉体を痛めるだけだから・・・。

”もう良いですから”
といっても、その医師は意味のない蘇生を続けていた
彼の形式的立場はわかっていた。
それを理解するあまり、
医師としての自分は、母親の肉体をも救えなかった。

死んだ母親の前で
こじつけの様な死因を
ボクに必死に説明するその若い医師が
妙に気の毒だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

忘れていた過去の記憶が
走馬灯のように頭を巡った。

電話をくれた内科医も
微妙な気持ちで心筋梗塞の父親に付き添っている事だろう。

ただ、彼の救いは
彼が循環器内科医ではなかった事かもしれない。

うーん
こういうモードに入っちゃうと眠れないんだよな~

なんて思っていたら
気がつくと朝8時を過ぎるまで爆睡していた(笑)。

”あれ?オレってもっとナイーブな男だったのにな~”

なんて思いながら
何事もなかった夜に感謝して1日の仕事に就く。

今日はインターベンションから緊急手術まで盛りだくさん。

そして、一仕事終えて
医局においてあるベストカーの
フェアレディーZの記事を読んでいると

昨晩の電話の内科医が現れた。

”Shin先生!、
親父は下壁梗塞で、心臓カテーテルもうまく行きました!
救急車の中で脈が下がったときには、ちょっと焦りましたけどネ・・”

と聞いたときは
自分の事のように嬉しかったのです。
2008/6/19

初体験!学校教師

”学校の先生学校”というのを
はじめてやった。

!初体験!衝撃

学会や講演で、
壇上のスピーチや発表などは何度もした事はあるけれど、
学校の先生ははじめて・・・。

依頼された場所は、隣の市の看護学校病院・・

行ってみると

はじめてきた
看護学校の教室は、
(大学の講義室の様ではなく)

小学校から高校生まで自分が通った、
なつかしい、

”教室 ”

と同じ作りだったのです!

いまや、
テレビや映画の中か、
授業参観でしか拝むことの出来ない
あの、教室です。

”黒板(白板)”

を背に立たされたオレ・・。

”きおつけ!レイ!”

の掛け声のもとに、43人の生徒に

”授業”

をおこなったのでした。

開始時にはなんとチャイム時計がありました
これも古典的なヤツです

”すげー!、オレ学校の先生みたいだ・・”

と心の中で思いながら
なれない授業っていうモンをやってみたのです本

それにしても
妙に緊張たらーっ(汗)したな~。
でも、知っている学生さん乙女座が数人いて、
教師の控え室に遊びに来てくれた。
涙モンで嬉しかったョ(アリガト)わーい(嬉しい顔)

誰も寝ないで聞いてくれて、
終わったら質問とかしに来て、
学生さんのまじめさに感動しました双子座
それなのに・・
教師がこのふざけた私で、本当にゴメンナサイっていう感じです

自分への感想としては

たまには違う仕事をするのも
コスプレ気分で楽しい!ぴかぴか(新しい)

です

これはまさに、職業コスプレるんるんです

もう血液や内臓は見あきたし、
診療も学会も、
新鮮味がなくなっていたけれど、
学校の先生は、忘れていた何かを思い出させてくれました
(大袈裟か・・笑)

次からは
いかにも”学校の先生”風の出で立ちで行くか・・
普通の先生と違うファッションで行くか・・
悩むところです(笑)
といっても女装乙女座はしませんけどね!
実際、
それより本来は次の授業の内容で悩むべきでしたパンチ
反省目
2008/5/23

経鼻内視鏡

経鼻内視鏡を受けた
(鼻から入れる細い胃カメラね!)

経口より辛さ3分の1。
でも、
自分で見ていると
画像は経口のほうが圧倒的に良い。

次やってもらうときは、やっぱ経口だな~・・・
2007/10/1

新薬発表会に行ってきた

先日
品川は高輪のホテルでの
大手薬品メーカーの
新薬発表パーティに招待されてきました

全国から700人くらい招待された会場で
同時通訳つきの公演や
幅30メートルはあろうかというスクリーンでの
モーターショーばりのド派手なビデオデモンストレーション。

帰りは
それなりのバッグのお土産をいただき、
ロビーからタクシーで自宅までの送りつき・・と、いたれりつくせり。

立食パーティーの食事もよさそうでしたが
MRさんに捕まって話し込んでしまって
ロクに食べれなかったのが
少し心残りのセコイ俺です

おそらく全国から来た人の交通費や宿泊費も
メーカーが払っているんだろうな・・
なんて想像してしまいました。
さすが大企業は使うお金のレベルが違います

それだけリターンも多いんでしょう・・
なんて思いながら

企業とビジネスと
学問と倫理と
診療技術と人の命と
ボランティア精神そして税金・・
さらに年金や保険まで。
違う価値観のものが共存している
ごちゃ混ぜな医療の世界の奇妙さをあらためて感じたのです

そんな中で
公演者の一人の航空関係の事故を専門とする人が言っていました

「医師が当直をした翌日も働く
ということを知って、
私は愕然としました。
それはパイロットであれば、
夜中に国際線をとんだパイロットが、
そのまま寝ないで
次のフライトに出るようなものだからです。
他の社会では、リスクマネージメントとして
あり得ないことを、
医療の現場はやらざるを得ない状態である。
それはそうしないと
日本の医療が成り立たないからです。
でも、そこまで身を削って働けば、
生物としてミスを犯しやすくなるのは当然。
これは、
そこまでやらないと医療の供給不足になってしまう日本全体の社会的問題であって、
本来は国が解決すべきリスクマネージメントなのです。
そこで起こった事故やミスには
国全体の抱える問題が
バックグラウンドにあるわけですから、
当直医を責めても何も生まれてこない。
将来的に
医療事故を減らすためには、
その点をマスコミを含めて
しっかりと国民的議論をするべきです。」

こんなして
俺たちが東京で派手な発表会で
飲み食いしているときにも
医療過疎地域では
婦人科や小児科の医者がいなくなって、子供も産めない状態になっていたり・・
いても一人の医者が寝るまもなく働いていたりするんだろーなー・・。
なんて考えながら聞いていました

少なくても
医療は受ける側も、供給する側にも地域格差が生じているのは確かです
2007/9/7

命のバトン

命のバトンを受け取りました。

以下がバトンの内容です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

命のバトンです。

この日記を見た方、通りすがりしないでバトンを受け取ってコピーして
自分の日記に貼って下さい。
私の友人の日記からのコピーです。

以下、コピーです。

2007年09月05日
無力かもしれませんがご協力させていただきました。
このみんカラでは所々でアップされていますが
やはり 子供と言う言葉には敏感になってしまいます。

このような形で少しでもご協力ができるのでしたら
と思い、バトンを受けとりました。

私にも、今は5歳半になる息子がいます。
でももう会えない存在です・・・
一時も忘れることも出来ない
かけがえのない存在でもあります。

正直、私はこの病気について今まで知りませんでした。。。

なので、この様な子供たちがいま苦しんでいると
言うことに、胸が苦しくなり微力ながら
こうしてブログアップにてご協力させて頂きます。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


《ムコ多糖症》って病気を知ってますか?

この病気は人間の中でも小さい子達に見られる病気です。

しかし、この《ムコ多糖症》と言う病気はあまり世間で

知られていない(日本では300人位発病)、つまり社会的認知度が

低い為に今厚生省やその他製薬会社が様々な理由を付けて、

もっとも安全な投薬治療をする為の薬の許可をだしてくれません。


《ムコ多糖症》は日々病状が悪くなる病気で、

発症すると殆どの人が10~15歳で亡くなります。

8月7日「SCHOOL OF LOCK」というラジオ番組で

湘南乃風の若旦那が語ってから私達に出来ることを考えました。

それで思いついたのがこのバトンという方法です。

5~6歳の子が厚生省にスーツ姿で出向いて

自分達が生きる為に必死に頭をさげてたりしています。



この子達を救う為に私達ができる事は、この病気を

多くの社会人に知ってもらって早く薬が

許可されるよう努力する事だと思います。

みなさん協力お願いします。


[ムコ多糖症]

ムコ多糖を分解する酵素が先天的に欠損している為、

体内に蓄積することで様々な異常が引き起こされる病気。



多くの場合、身体や精神の発達遅滞、骨の変形、水頭症なども伴う。

重症の場合は成人前に死亡する。

今のところ有効な治療法が無いので、

骨髄移植や遺伝子治療の臨床成果が待たれる病気の1つである。

http://www.muconet.jp/

★この本文を 日記に貼り付けてください。

何か力になれば・・・とバトンを手渡ししてます。

どうか皆様、ご協力お願いいたします。
 
2007/8/10

ドクターヘリ

先日当直していた、明け方の4時
”何か、お腹が苦しい・・いつもと違うんだ”
という患者さんが来た。
他の病気でかかっているよく知っている患者さんだった
 
ヘソの辺りが苦しいという
"痛いんですか?”
ときいても、痛いのではなくて苦しいと言うのだ。
触っても痛くないし、外科的に緊急性のある腹痛ではない
超音波でも、レントゲンでも異常がない
胆石や膵炎、腸閉塞、虫垂炎などは否定的だし、
腹膜炎がはないので、腹痛としては経過観察でよい状態
 
こういう時に心筋梗塞で痛い目にあった経験もあるため
心電図やトロポニンT を測定したが異常はない
患者さんはそれほど苦しんでいないけれど
症状の訴え方が経験的に何か変だった
 
どうしても気になって、CTスキャンをとることにした
患者さんからは
”もうよくなったから、先生大丈夫ですよ”
と言ってくれるのだけれど、
沢山の腹痛を見てきたけれど、
ちょっと変わった訴えだったのが気になった
 
造影剤を使わないCTをとった。
 
案の定、大きな異常はない
が、よく見てみると、
30スライスくらいの写真のうち
1番上のスライス1枚だけ、大動脈の壁が2層になっている?
 
え・・大動脈解離?
一般的には大動脈解離の症状は
烈しい背中の痛みだ
症状は合わないが、血管系の病気なら
訴え方に合う
 
しかし腹痛のためのCTなので胸部はスキャン外なため
肝心なところは写っていない
 
造影剤を使った胸部CTを追加する。
と、
胸の中の下降大動脈に解離がはっきりした
さらに少量の胸水があり、
その胸水には血液が混入している可能性があった
 
解離しているだけなら痛みも消えていて保存的に診れるが
もし、出血があるとなると
破裂の可能性もあるため、
大動脈の手術が可能な施設での加療が望ましい
場合によっては緊急手術をしないと救命できない!
 
心臓血管外科のある病院に電話をするが
いくつかの施設で断られてしまう
 
近くの大学病院も、今日は手術が出来ないから・・と断られた
公立の循環器センターも麻酔医が足りないから・・と断られた
 
”マズいぞ・・”
 
遠いけれど、大学時代の先輩が部長でがんばっている
心臓血管治療では有名な病院を思い出した
以前、僕がこの病院にいると聞いて、
わざわざ挨拶に来てくれたこともあったじゃないか・・
 
電話をすると、
担当医がすぐに快諾、
さらに手術の手配をして待っていてくれるという
 
”よかった!・・”
 
しかし
その病院は直線距離で150㎞は離れている
救急車でも2時間ちかくかかるだろうし、
搬送中に急変しないとも限らない
 
それなら・・、
ドクターヘリに電話をかけ、病状を説明すると、
快諾してくれた!!
ヘリがスグ飛べるというので、消防に依頼する
消防からはすぐに救急車が駆けつけてくれ
そのまま近くの公園まで搬送して待機・・
 
すると・・
遠くから爆音と共に医師看護師の乗ったヘリコプターが来て
そのまま患者をヘリコプターで搬送する事が出来た
 
その間の消防の動き、ヘリの対応、受けいれ病院の対応、連携は本当に素晴らしかった
主治医としては本当にこれらの人たちに感謝したい
 
帰りの救急車の中で
入職して間もないだろう若い女性消防士が
少し興奮気味に話しかけてきた。
”ヘリコプターで搬送ってよくあるんですかぁ?
スゴいですねー!あの患者さんの病気はなんですか?”
 
僕もドクターヘリ依頼は初めてだったけれど
この連携の素晴らしさは本当にうれしかったから
”そう、消防の連携は素晴らしかったです。
これからもがんばってくださいね!”
と彼女に言った
 
あとは
患者さんが笑顔で帰ってくるのを待つだけだ
 
 
 
2007/8/8

医療の矛盾を、社会はもっと知るべきです

外来をやると
いつも
辛いジレンマがあります
 
たとえば
30人の患者さんが来ている時と
10人の患者さんが来ている時では
どうしても診療内容を変えざるを得ない
 
つまり
人数が少なければ
お話も聞いて上げれるし
心のケアもできる
不安を取り除いたり
励ましたりもしてあげられる 
 
でも、患者がたくさん来ていたら
一人に充分な時間をさけない
 
たとえば一人に6分使ったら
10人の時は1時間待ち
30人なら3時間待ちになってしまう
それって有り得ないでしょう?
 
といって
20人だけ見て
あと10人はお帰りくださいというわけにもいかない
それでは医療は崩壊してしまうから・・・。
 
中には重病の人もいるかもしれないので
速く全員に目を通さないといけない
だから
世間話や
直接治療に結びつかないことを
している暇はないんです
 
結局、
人数が多いときには
重症な人には時間をかけ
軽症な人は最小限の時間で終わらせる
そうせざるを得ない
 
でも、
重症ではないひとも
困って病院に来ているので
話も聞いて欲しいだろうし
ゆっくり診て欲しいと思う
 
それに
みんな自分の事で来ているので
他の人の病状なんて
患者さん一人一人には関係ないから・・
 
その気持ちを思うと
心が痛いんです
期待を裏切っているなあ・・と思うのです。
 
でも
ゆっくり時間をかけているわけには行かない
心を鬼にして
サッサと診療を進めざるを得ない
そうしないと来た人全員を診察できないから・・
 
どうにもならないのです
 
結局は、
診療時間が少なくても
待ち時間が長くても
どっちも患者さんからクレームが出ます
 
でも
これって矛盾していて、
どうにもならないんコトなんだよね
ボクらも
好きでそうしている訳じゃないから
 
もちろん予約や
時間の約束をしている人はゆっくり診れます。
でも
診察を予約だけにしてしまったら
医者は楽ですが、
医療は更に供給不足になってしまうのです
 
来ている人みんなに
医療を供給する必要があるからです
 
地域医療では
心を鬼にして、たくさん診療している医者が
一番社会全体に貢献しているのです。
なのに
一番文句を言われている。
 
逆に
患者を選んでゆっくり見る医者は、
精神的にも肉体的にも楽な診療だし
社会全体への貢献度は低いのですが、
見てもらった患者さんの評判はよくなる。
 
実際
医療の供給量は限られています
特に地方では切実な問題です
それに対し、現場で医療者に怒っても
患者の権利を振りかざしても
何も解決しません
 
昨日も
救急車で命の危ない人が来て
その人に手がかかって、外来医が減り、他の人が待たされたのです。
そのとき
"いつまで待たせんだ!馬鹿やろー!!
患者は客だろー!!”
と看護婦に大声で怒鳴っていたのは
元気で熱もないカゼのオッサンでした。
 
医療の供給量が減り
医師が足りないのは現場の責任ではありません。
患者の権利ばかりクローズアップするのではなく
そういう事をもっと報道して欲しいものです
 
病院が医療を制限するのは簡単です
でも、
そうすると地域医療は崩壊してしまうのです。
 
ただ、
本当にこの問題を解決しなければいけないのは
国であり、自治体であるはずです
 
 
 
2007/7/24

大切なのは自然治癒力

人には自然治癒力がある
その自然治癒を誘導するのが
医療といえる
そして
自然治癒が現れなければ
治療は成功しない
 
自然治癒は
細胞レベルでも
組織レベルでも
いろいろな形で体の中でおこなわれる
 
それが減少したとき
自然治癒より破壊が早いとき
人は生命の危機にさらされる
 
医療は傷ついた人間のサポーターでしかない
病気や怪我に勝てるかどうか
それは自然治癒力とそのサポートが適切であったかによって決まる
 
簡単な例が骨折のギブス固定
形を整えて自然治癒を待つことしか出来ない
自然治癒力が落ちていれば
骨はつかない
 
これは
血管でも
細菌感染でも
癌でも
みんな同じなんだ
 
医療は自然治癒を誘導するサポーターやコーチであって
選手そのものではない
最後にシュートを決められるか
敵の攻撃から守りきれるかどうか
それは
選手・・すなわち患者の自然治癒力によるところがとても大きい
 
ただ、
その自然治癒力の一部が
自分を攻撃してしまう病気がある
まさに
味方の選手が、自分のゴールにオウンゴールしてしまうのだ
そういう時
自然治癒力の一部を抑えながらも、
選手を退場させつつ
敵に勝たなければいけない危機的状況・・
まさにコーチの采配がかぎになる。
この状況が自己免疫疾患や移植医療ということになる
 
味方の選手が
どんどん敵に寝返ってしまうのが
ガンともいえる
 
でも
勝つかどうかは
残った選手にかかってくる
 
自然治癒力を高めることが大切だけれど
簡単ではないなあ・・
 
 
2007/7/11

医療者への暴力やセクハラ

どんな業界にもあるのだろうけれど
最近、病院職員に怒鳴ったりすごんだりする患者や家族が
増えてきた様なきがする
他の業界では
JR職員への暴言や暴力が増えていると言う報道もあった
 
つい先日あった話
 
深夜に来た眠れないと言うお婆さん
当直医が診察に行くと
顔を見るなり
”このやろう、誤診したら殺すからな!”
と息子がすごんできた
診察をしていると
”オマエだらだらしていないで、早く治せよ!”
経過を聞こうとすると
”オマエがヤブだからワカラネーンだろう!ちゃんとした医者出せよ!”
と話を聞きもしない
当直医一人しかいないと話すと
”じゃあ、誤診したら殺すからな!”
と言いながら部屋を出て
外に待っているほかの患者に
"この医者はヤブだから殺されるぞ!”
とデカい声で叫んだ
 
ちょっと不眠で救急外来に来るのも変だが
担当医にとって、深夜2時に診察しながら
ここまで言われる筋も無い
他の患者にまで悪口を言うのは
一種の営業妨害でもあり、
家族が病気だから、何を言っても良いわけでもない
何かをとり違えているとしか思えない
 
今は防犯関係でいろいろと記録されるので
言った言わないは通じない
 
当直医は
これじゃあやっていられないと
脅迫に近いから警察を呼んでも良かったが
とりあえず争いを避けて
そのままにしたとのコトだった
 
当然、医者からは病院側に対策を求めて抗議が来た
 
この息子は自分も病気で
同じ病院の違う医者にかかっている。
その医者の前では普通だというのだ
しかし、
看護師には常時
脅したりセクハラ紛いの事を言ったりするという
 
基本的に医療者は患者の味方になって
取り組もうとしているので
医療者に対して
なにか交渉したり
ましては脅したりして得をする事は全くない・・・
もし
気に入らなければ他の病院に行けばイイだけだし
深夜に不眠で見てくれる医者もそうは居ないだろう
 
よく
飲食店で店員を怒鳴っている人を見かけるが
ほとんど同じノリなんだろうなあ
そうやって自分を誇示することで
自分自身が何かイイ気分になるのかもしれない
 
当然
いろいろな法的制裁処置を取るので
病院も出入り禁止になるなど
何も得をすることはないだろう
 
先日、とある有名研修病院の部長と食事をしたとき
最近困っているのはセクハラだと言っていた
何かと思えば
若い女性研修医師に患者がセクハラをしたというのだ
ベッドサイドに診察に来ると
カーテンをしておしりを触ったりするそうだ
 
慣れない新卒の研修女医は
ショックを受け泣き出すは
病院に文句を言うは
患者はしらばっくれるは
開き直るは・・
 
部長は間に挟まれてやってられないと・・
数年前まではこんな事は少なかったと話していた
 
いっしょに病気を治そうとする方には
最大限の力を貸したいとおもうけれど、
こちらに根拠の無い牙を向けてくる人のために
尽力を尽くす気にはならない
病院は撰べるわけだから
気の合う病院で治療を受ければいいと思う
 
 
2007/7/9

膵臓癌末期のお婆さん

 
毎週月曜は症例検討会
重要症例が終わったあと
Y医師が言い難そうに話し出した
 
”前から言っている人ですけれど
やっぱ何にも外科的には出来ませんかね?”
 
この話には前がある
・・・
話題の患者さんは95歳のお婆さん
いらしたときには膵臓癌の末期
腫瘍は大きく肝臓に転移し腹水も貯留
肝臓からの管は閉塞して黄疸になっている
でも
不思議と苦痛は無い
熱も無いし、でも食欲は落ちてきているようだった
老人ボケもあって本人は幸せなものだ
 
こういう膵癌は治療的にはどうにもならない
後は余生をいかに幸せに苦痛無く生きていただくか・・
医学より死生観、倫理観の問題
いずれにせよこの1,2ヶ月の命だろう
 
私たちの意見は
少しでも元気なうちに
いちど自宅に帰してあげて
家族との時間を持たせてあげようということになった
 
でも主治医のYはどうも納得いかないようだった
PTCDを入れれば
黄疸がとれてもっと元気になるかもしれないと主張した
 
PTCDは皮膚から肝臓の中まで針をさして
たまっている胆汁を管から持続的に出すもの
たしかに
うまく行けば黄疸は少しは改善するかもしれない
 
でも
腹水があるので腹腔内に出血する危険が大きい
肝臓にも多発転移があり延命的意味も不明
腹腔播種もあり病態の本質はもっと悪い状態
さらに
苦痛を伴うし、管も入れっぱなしになり自宅に帰るタイミングを失う
などから
これ以上苦痛を加えず少しでも自宅にいる時間を作ってあげよう
ということで医師団の結論はついていたはずだった
 
Y医師は
”出来ることが他に無いのなら
黄疸が良くなる可能性もあるのだから
やってみるだけやって見る意味はあるのでは?”
と納得がいっていないようだった
そして今日
再びその話しを持ち出した
 
いずれにせよ余生1から2ヶ月の
癌の末期の95歳のおばあちゃんに
苦痛と危険を伴う姑息的な治療行為を
”やってみる”のは
ただ黄疸の数字をよくして見たいという
医師の自己満足じゃないの?
と、僕達は反対した
”それより今のうちに家族との最後の生活を送らせて上げようよ”
と・・・・・
 
なにか可能性があればやってあげたい
という主治医の気持ちもわかる
ただ、医学を越えてどうにもならない
残された余命を充実させるためには
医療は無力なときも多い
 
本当の答えを知るためには
深い人生観が必要なんだろうとおもう
95年間生きてきたお婆ちゃんにとって
この1ヶ月をどう過ごすのが幸せなのか?
 
自分が死ぬときに
答えがわかるかもしれないと
ふと想ったのです
 
 
 
2007/5/3

当直

久しぶりに当直をしました
きょうは連休後半1日目なので
みなさん高速道路は大渋滞
事故の無い様に祈るばかりです
 
朝、ICUの患者さんが一人亡くなりました
肺線維症の末期で
私が見取ることになりました
家族の方々は
覚悟はされていたのでしょうが
泣いていました
 
御主人が
娘たちに
”お母さんはがんばったんだ!泣くんじゃない。
神様の定めた運命だったんだから、感謝するんだ!”
と叱咤していました
きっとそれは
自分自身に言い聞かせておられるんだろうなあと思いました
こんなときに
僕はかける言葉もありません
死亡宣告をしてお辞儀をして引き上げるしかないのです
 
医者になってから
数え切れないほどの死の瞬間に立ち会いました
しかし何度やっても
ぎこちなく不器用な自分なのです
 
おこっていることが
あまりにも重大なのに対して
ひとこと言うことしか出来ない
何も出来ない無力感・・
 
しかしそれ以外に事件は無い夜でした
昨日手術した方々も
みんな順調で大丈夫!
 
天気よいし
昼で仕事上がるので
車の屋根をあけて、
先日ダウンロードした曲でも聴きながら
ちょっと遠回りして帰るとします
 
2007/4/28

手術に思うこと

きのうは
胃がんと胆石とバスキュラルアクセストラブルの手術
どれもスタンダードな術式で
駆け出しの医者に教えながらやりました
 
今の手術は2つに分けられます
手の感触を使う手術と
使えない手術です
 
カメラを挿入してビデオを見ながらの手術は
遠隔操作なので左手の感触は使えません
すべてをブラウン管の中で判断します
当然、手技に限界は出てきます
 
一方で
傷を開けて手を入れてやる手術は
そのさわり具合や、手の中の血管の拍動など
5カンをすべて使った手術となります
 
かつてはすべて後者でした
最近はビデオ下の手術が増え
傷が小さいメリットの反面
事故も報道されたりしています
 
手の感触が使えない代わりに
接近して拡大したり
いろいろな方向から眺めたりして組織の情報を得ることができます
 
かつて左手の感触を鍛えるためにたくさんの経験を要しました
ビデオ下で手術をするときには
画面の組織の動く感じや機械に伝わる感触を
その左手の感触に置き換えていきます
 
ビデオ下の手術は限界があるので、
だめなときには傷を開けて直接見ながらやるわけですが
これから先
ビデオ下の手術が増えると
新しく手術をマスターする医者はこの手術が先行するので
重要な手の感触をマスターせずに画面の中の手術を行うことになりかねません
 
今は傷を開けての手術ができることを前提として
カメラの手術が議論されていますが
10年たつと手を使う手術が下手な医者がどんどん増えていくような気がします
それがよいのか悪いのか
今の僕にはわかりません
 
ただ言える事は
そのどちらの経験も
お互いに良い方向に影響するということです
 
ビデオ下の手術をやることで直視下の手術も上達するし
その逆もいえるとおもいます
 
大切なことは
安全に病気を治すこと
そこには
患者さんの生活や経済
人生観や価値観も反映されないといけないのです。
 
医師が
手技や体裁にこだわらずに
自分のためではなくて、
目の前にいる病気の人にとって
一番最善の方法を選ぶことを
常に最優先していくことが
何よりも大事だといつも思います。
 
たとえ道具の無い島で患者と対面しても
すべて完備した都会の大病院であっても
実行可能な手技は違っても
医師としてやらなければいけないことは同じです
 
もし道具を奪われても
患者を助けられる・・
また、可能な最善の治療を行える・・
これが本当の名医だと子供のころから僕は思っています
 
2007/4/14

スーツで新幹線

こんな仕事をしていると
スーツを着ることはめったにないんです
 
出勤は車と言うこともあって
デニムに短めのTシャツとジャケットなど
サングラスかけて
朝から屋根あけて走ったりしているから
ほとんどチンピラです(W)
よく駐車場で看護師さんに
”どこのお兄ちゃんかと思ったら先生じゃない?”
”悪かったねー、おじさん先生で”
なんてことになります
 
仕事に入ればケーシーに白衣
ほんと洋服にお金がかからない〔笑)
 
血を見る仕事なので
気がつけば白衣には血や消毒液が飛び散っている
気がつかないで外来に直行して
患者さんに怖がられたこともあったなあ・・
 
ただ
今日は外科学会だったので
大阪までスーツ着て出張!
 
秘書がとってくれていた新幹線は
ムムム・・なんとグリーンじゃないかぁ・・
ゆったり足を伸ばして
音楽聴きながら
学会誌に目を通す
 
プライベートでグリーンなんかに乗らないから
ちょっと違った良い気分だ
そういえば昔
麻酔学会でシンポジストになったときも
まだ駆け出しの僕に
薬品メーカーがグリーン車+スイートルーム用意してくれたっけ・・
やっぱ
あの頃はバブルだったんだなあ・・
なんて
窓の外に天竜川を見ながら思い出した
 
新幹線の中においてある雑誌に目を通す
”今求められるリーダーとは”
”日産、三越、不二家にみるブランドの崩壊”
”成功した会社に見るリーダーの資質”
などなど
ビジネス雑誌である
 
一流の企業は毎日世界を相手に壮大な戦いをしている
そこに経営者と社員の利害の不一致が生じる
どうやって社員に同じ方向を見させるか
一緒に会社を盛り上げようとする
そんなモチベーションを持たせるか
外と中との戦への資質がリーダーに問われる
 
ここに流れる教訓は
僕たちにも無縁ではない
 
医学と言う狭い世界で
学問、大学の価値観を中心に
自分たちの中の狭い社会で
学生の延長のような努力で社会が成り立ってきた
いまでも学会に行けばそうだ
 
学会は大学病院が主導だ
いわば教員の世界だ
しかし実際に診療に当たる
一線の多くの医師は教員ではない
 
巷では
病院は経営破綻でつぶれ
医療格差により地方で患者が犠牲になり
論文や学会資格は持っていても
目の前の患者を助けられない医者がいて
忙しい分野を専攻する医学生が激減し
医療訴訟を恐れて
診療は萎縮しつつある
また激務やストレスに耐えかねて
うつ病になった医師に最近よくお目にかかるようになった
 
私の病院の近くの公立基幹病院も
次々と診療科が閉じ
医師は民間に流出している
かわいそうに
はじき出された患者さんは
いろんな病院を右往左往している
見てくれる医者がいなくなってしまったんだから・・・
 
これは
日本社会の中で医療が崩壊しつつある
国民的問題なんだ
不二家が不祥事でブランドが崩壊したのは
民間経営の個別的問題でしょう
 
医療も過去の閉鎖的社会が生んだ不信感と
テレビ等で紹介される
はびこる魑魅魍魎の無責任な情報のなかで
社会におけるブランドは崩壊した
 
ただ大切なことは
日本の”医療”と言うシステムは
国や自治体が提供しているもので
個々の医師が提供しているものではないと言うことである
 
国の医療行政が破綻しつつある今
患者の医療費負担は増加し
患者からのサービス業としての医療への欲求水準は当然上昇する
しかし
一方で保険点数は低下し
保険外診療はないわけだから
病院の収入は激減して
医療サービスは逆に低下せざるを得ない
 
激務から
地方の医師が辞めていくことも
辞めた医師の責任ではなく
医療政策が破綻してきていることに他ならない
もはや学会や大学、個人の医師の力の及ぶところではなくなったし
どうにかしなくてはいけない義務は
行政にあるはずなのです
 
医学を研究することや
学問的に意味があって大学の先生が興味を持つ診療をすること
新しい治療をあみ出して
また、生体メカニズムを解明して
学会や論文に発表すること
これらは医学の発展には欠かせない大切なことだ
 
ただ、一方で
いい学問をすることが
患者にとっていい医療をすること
目の前の患者を助けること
日本の医療の問題を解決すること
と直結しない日本の社会があるのも現実
 
医療と医学
これは車の両輪になって
バランスよく発展していく必要がある
日本の医学は進んでも
日本の医療はだめになりつつある
・・・・
 
愚痴っていてもしょうがないので
僕らの病院も
いろいろな制約の中で
チャレンジをしていくつもりだ
なによりも
患者さんに選ばれる病院にしなくてはいけないし
そのためには常に期待に応え続けることと
職員の”いい医療の提供”に対しての
高いモチベーションを引き出さないといけない
 
オオオ
なんかマジに考えてしまったー(W)
明日は有楽町で後輩の女医さんと一杯やってます
見かけたら声かけてね
おやすみー
 
 
 
2007/3/6

科学と心

いろいろ忙しくて
コンピューターに向かえませんでした
 
親の49日も終わって一段落
2度目なので法事のやり方や
社会的風習もだいぶ理解しました
 
病気を治したり、死ぬまでを診る仕事をしていますが
死のギリギリまでは科学の世界なんです
なぜ血圧が下がったか、感染をどう抑えるか・・・
科学的医学的な根拠をもとに治療しようとしますし
事が進みます。
もちろんそこに経験はかなり付加されますが・・
 
しかし死を向かえたと同時に
科学は消えます
そこから先は
心の世界です
 
いや
癌の末期などには
もはや科学より心が大切です
どうにもならない死を目の前にして
科学は無力だからです
 
時にそれがわからない方がいます
どうにもならない死が迫っているのに
”なぜ治せないんだ”
と医師を攻めたりします
 
医学は人間が作ったもの
神様が決めた死に対して
立ち向かうことは出来ても
最終的には無力なんです
 
人の体を治すのと
機械を直すのは違います
 
宗教もしきたりも人の心をケアするために
人間たちが古くから考えた心の治療法
と解釈できるかもしれません
 
科学と心のきりかえ
これは対極にあるから
とっても難しい・・
けれど
人の死において
だれもが直面する矛盾なんです
 
2006/10/10

癌の手術を断るとき

86さいのおばあちゃん。
悪性度の高い進行胃がんで、少しずつ出血。
そのため貧血と低栄養が進んでいた。

もともと歩くのがやっと、
糖尿病もあって体も弱いし、
食事もあまり食べれない。

でも、
頭はしっかりしていて、
理解度の高いおばあちゃんなのです。
 
手術すれば、とりあえず出血は止まるし、
大きな癌は無くなるけれど、
完璧に治るには進行しすぎている。

といって放置すれば半年くらいで命が奪われるだろう。
 
手術をしたとしても、
ボケたり、歩けなくなったり、
食事が食べれなくなる可能性はあるし、
まして肺炎や縫合不全で生死をさまよう危険がないわけでもない。
 
ただ、上手くいけば
数年間は癌はおとなしくしてくれる
可能性がある
 
頭のしっかりしたおばあちゃんは、
手術を受けたくないと言った。
もうこれ以上生きてもしょうがないし、
この年になって痛いことは絶対にいやだと・・・。
このまま死んでも本望だとまで言った
 
でも、
おばあちゃんの家族は
ボケてもいいから手術をしてほしいと。
治らなくてもいいから、
歩けなくなってもいいから、
ともかく癌を取ってほしいと嘆願してきた・・
 
人はいつか死ぬ。
それまでどんな風に人生をデザインするかは人それぞれだ。
 
家族が考えるおばあちゃんの人生と
おばあちゃんが考える自分自身の人生観に
大きな隔たりがあるように感じた。
 
病気は治療しなければならないものではない。
人生の中で治療することを選ぶのか、
放置することを選ぶのか、
それは本人の人生観、死生観で決めればいい。

僕はその中で、
少しでもいい人生を送れるように
お手伝いするのが役目だと思っている
 
86歳になってどの道を選ぶのか・・
家族は何を尊重するのか・・
おばあちゃんの気持ちを尊重するのか、
家族の満足度を尊重するのか、
治る可能性にチャレンジするスタンスを尊重するのか・・
 
人生の選択に絶対の正解はない。
どちらの道を歩んでも違うタイプの辛さが待っている。
 
最終的に、どちらを選ぶかは、
85年間人生を歩んできた
本人が決めることなのだろう

そこには
彼女にしかわからない
さまざまな思いがあるに違いない。
 
あなたなら
どうしますか?
自分の親なら、
いや、なにより自分自身の事だとしたら・・
2006/10/4

良い医者  悪い医者

医師に大切なこと

それは
治療している患者の経過を
自分の目でしっかり観察し、
その結果を紳士に受け止め
治療にフィードバックすること

その経過においては、患者や他の医師、看護士などの話に充分耳を傾け尊重するスタンスを常にもち、

さらに
経過をきちんと患者に説明し、
患者の苦痛を実感し続けること

その根底には、自分の患者に対して、すべて責任を負うという信念を常に持ち続けていることが必要。

これは医者になって数年のうちに作られていくものだと思う。上級医の仕事を手伝ったり、横について勉強としたり、研究室で実験したりしているだけでは本当に大切なことは身につかない。

患者の苦悩をすべて背負って心配し、自分の判断で自分の責任で治療したことに、自ら責任を持っていく・・そんな患者と1対1に向き合った医療に真剣に取り組む時期がないと良い医者にはなれない。

もちろん患者の意見や上級医のアドバイスをよく聞いて判断することは当然で、自己流を通すこととは大違いだ。

だから、いろいろな科を数ヶ月ローテーションして歩いたところで、本当に必要なことはいつまでたっても身につかず、患者の病態に対して常に他人事のような医者が量産されていく恐れがあるだけ。

たとえ、どんなに小手先のテクニックを身につけても
このマナーが身についていない医者は
患者にとっては悪い医者。

どんなに手術というテクニックが上手くても、
どんなに内視鏡の技術が上手くても、
どんなに専門的な珍しい事を知っていても、
どんなに最先端の治療を行っても、

自分で処置した患者をそのまま診にもいかず、様態が悪くなっても他人任せの医者は最低ですネ。

これは医師の技量というよりも医師の人格というものに近いかもしれない・・
最近手術件数がどうのこうの話題になるけれど、コメディカルを含めたティームが治療に慣れていることは推測されるが、少なくても患者にとって主治医が良い医者かどうかの判断は手術件数では必ずしもわからない。

2006/9/1

他の病院で家族がOPE・・に思うこと

 
他の病院にいくということは
意外と少ない
 
母が他の病院に緊急入院
さらに手術を受けるというので
その病院にお邪魔した
 
夜遅くについたこともあって
受付の職員は残務に追われているようだった
受付で部屋を聞くと、
かなり面倒くさそうな対応の受付嬢・・・
”3階です。後はナースステーションで聞いてください”
言い終わるころには、もう他の方向を向いている。
 
これじゃ、
医療者がいくら努力しても
病院のイメージを悪くしてるぞー・・
まあ、医療の質と関係ないと
自分に言い聞かせながら3階へ
 
病棟に着くと
主治医の先生がすぐに来てくれた。
迅速な主治医の対応に関心!!
良い感じの先生で、やっぱ医者の対応は重要だなあ。
見習わないと・・
別室で病状と手術内容の説明があって、
たくさんの同意書にサイン、サイン、・・・。
 
でも、
この同意書って・・感じ悪いわぁ・・
(・・って僕らもやっているのだけれど・・)
いろいろ説明して聞いた証拠と、同意した証拠としてサイン。
機能評価機構とかの指導と時代の流れで、
病院もしたくはないのだけれど、とらざるを得ない。
最近はどこの病院でも何かと同意書だ。
 
とある都内の有名病院では
説明ミスをしないようにと、
説明は印刷された文章を医者が読み上げるだけの施設もある。
医師は淡々と説明文を読み上げ、
”質問はありませんか?なければここにサインをしてください”
と一言・・。
同業者ながら唖然とする・・。
まるで金の貸し借りのようだが、
この方が病院としては均一の説明に対して責任を持つということなのだろう、
ま、
医師は自分の意見を入れないことで、メッセンジャーと化し
個人としての責任を回避していると見えてしまう。
こんな対応に、患者と医師の
個人的な信頼関係なんか生まれっこない。
 
こんなことを、患者サイドは求めているのだろうか?
もっと本音で医師に話をしてほしいのじゃないかなあ・・??
 
一方で
少しのことで訴えられてしまいかねないこの世の中。
1000人の命を助けても、1人に間違いがあれば犯罪人だ。
それが医療ミスならまだしも、
たとえ確率的に避けられない合併症であっても
今度は事前に説明がなかったと訴えられる。
医療機関は説明した証拠を残す事に必死になり、
患者は起こる可能性の少ない怖い合併症まで
淡々とたくさん聞かされ、恐怖を感じつつ、
同意の上サインしろと迫られる。
 
患者側も医療事故報道ばかりが取り上げられ、
医療への過剰な不信感を煽られている。
医者はミスをするのじゃないか、それを隠すのじゃないか・・
昨日見たテレビの医療事故報道が自分とダブル。
患者権利だとかが大きく取り上げられ、
理屈ではわかっても、
散々難しいくて怖い話まで聞かされて、
最終判断を迫られる。
 
結果として、
社会の過剰反応としての同意書が山積みされる・・
 
こんな
心の通わない契約医療を
日本の人たちは本当に求めているのだろうか・・
患者や患者家族としての僕は
そんなもの求めていないなあ・・。
 
それより信頼できる医者に出会いたいし、
そういう人に出会ったら、
よく説明を受けながら、医療を受けて行きたい。
何より自分のことをよくわかってほしいし、
心配してほしいんじゃないかな。
 
同意書の山積み・・
やられる患者側もあまり感じよくない・・
僕は裏事情はわかっているから、
社会の圧力で、やらざるを得ない病院の立場も理解できる。
でも、こんな紙切れでは何も解決されないと思う。
 
本来、自然にあるべきお互いの信頼感を
事前に否定した上での決まりのように思えてしまう。
 
母が手術を受ける病院は
この都内の病院ほど過剰ではなかった。
医師も看護師もクールだけれど感じよい。
 
ただ、
しっかり病院機能評価機構の指導が行き届いている感じで。
何かと患者の権利だとか病院の理念だとかが院内に貼りまくってある。
(実際、私の病院も機能評価以来、たくさん貼ってある)
これが少し不自然で、
マニュアル化した対応がよそよそしく感じる。
 
一通り説明を受けた上で
”先生が一番いいと思う方法でやってください。お任せしますから・・”
と笑顔で返事をした。さらに、
”実際、上手くいきそうですか?結構難しい?骨は弱そうだけれど・・”
とフレンドリーに聞き返してみた。
同年代と思われる整形外科の医師も笑顔で答えてくれた。
”わかりました。最善を尽くします。
手術は問題なく終わらせる自身はありますよ。
少々の輸血が必要かもしれませんが、無理せずにやりますから。
でも、お母様にとって一番大切なことは、
おそらくリハビリがうまくいくかどうかだと思っています
リハが始まったら、たくさん励ましてあげてください”
 
同意書のサインを次々と求められた時と違って
少し心が通ったような気がした。
 
僕はたくさんの同意書や
印刷された説明書で、それをマニュアルどおりに淡々とこなす医療より
もっと、
心の通った医療が好きだ。
 
医師は助けてあげたいと心から思って
患者のために何が最善か我が事の様に考え
患者はそういう医師を信頼して一緒にがんばる
 
そんな医療をしていきたいし
受けたい。
 
それには医療を受ける側にも、行う側にも
お互いの心の歩み寄りが大切だと思う。
同意書の山をいくら大きくしても
よい医療は近づいてこない
と、医療を受ける立場になって改めて感じたな
 
自分で自分の娘を手術をした事も新鮮な勉強になったけれど
他の医者に家族が手術してもらうのも
また勉強になった。
良い意味で自分の医療に生かしたいと思う
 
2006/8/23

医者のウデの見せどころ

今日の手術は褐色細胞腫
副腎に出来る腫瘍で、異常な高血圧発作を繰り返す病気
カテコラミンというホルモンを出しまくる内分泌腫瘍なんだ。
10%は悪性で10%が両側性で10%が副腎以外にできるなど
10%病ということで医学生はアタマでは良く知っている病気。
 
内科のN が他院で高血圧の薬を長く飲んでいる患者を調べて
見つけ出した。
この辺は内科の醍醐味だろうなあ・・・
それまでは放置されていたようだった。
 
高血圧患者からこのような病気を見逃さないのが内科医のウデだとしたら、
術前に充分に薬を効かせてかなり不足している水分を補うのが主治医のウデの見せどころ。
術中に血圧や輸液を上手く管理するのが麻酔科のウデの見せどころ。
腫瘍を刺激せず出血させずにソーッととるのが外科医のウデの見せどころ。
術後は急激に変化したホルモン環境を上手く補正していくのが主治医のウデの見せどころ・・
というところで、
それぞれがうまく行かないと必ず表に出た変化が生じます。
すなわち突然に血圧が下がってショック状態から立ち上がりにくくなったり
コントロールのつかない高血圧発作を起こしたり・・・
それぞれがちゃんとやっていないと、
他の医者にもバレテしまうんですよね
 
そういう意味でも、
各科の医師が修手術に併せて力を発揮して欲しい病気なんですよね
きちんとやっていないと、
誰の目にもわかってしまう。
ちょっと緊張する手術ですね。
 
 
2006/8/5

本になるかも

しばらくコンピューターに向かえませんでした
 
この春に、医師+看護師用に書いて
当院で使ってもらっていた
実践マニュアルが好評で、
来週、出版社の方が会いに来ることになりました。
 
口コミで伝わって、
師匠が読んでくれたのがきっかけで
出版社に話したようでした。
 
師匠からは
”実践ですぐ役立つこういう内容の本はないから
出版したらどうかなあ・・”
とのことでした
 
もし
そうなると全部自分で書く
”本”
ということになるので
これはけっこう大変で責任があります。
 
いままでも分担執筆はいくつかあるのですが、
それは1節だけだったり、雑誌の別冊だったりして
それなりに楽なんです。
 
現場で使いやすいように、
臨床で必要な知識以外は省いたマニュアルでした。
薬剤が適正使用されるような
看護師、薬剤師のチェック様式までマニュアル化したことで
無駄な薬剤を減らし、
さらに見逃される病態がなくなるようにしてみたんです
コメディカルと医師の共通の指針になって
それが好評だったようです。
 
結局、病院全体での無駄な薬剤中止による経費節減は
このマニュアルの実践でで数億円に上りました
 
どんなことになるかわかりませんが
ちょっと楽しみですね!
2006/6/15

執刀医から保護者へ変身!

 
5歳の女の子
右下腹部痛、腹膜刺激症状改善せず
 
エコーやCTの所見は、異状なし。
放射線科の医師は
アッペじゃないと思うよ”と・・。
 
でも、腹の触診所見は虫垂炎だ
腹痛の診断は触診と経過が重要
画像所見には幾度も裏切られている
ただ、
この所見で虫垂炎で無いのなら、緊急手術の必要は無い
 
ムムム
 
何百例やっても
診断が難しいのが虫垂炎かな?
 
なにより、
自分の子供だといろんな雑念が入りやすいですね
家庭の事情とか、出来ればやりたくないとか・・
まだ5歳なのに可哀想とか、
麻酔事故は恐いとか、
自分の家族でOPE室に迷惑かけたくないとか・・。
いろいろ考えちゃう
 
できれば薬で散らしたいって誰でも思うでしょ?
僕だっていっしょです
それにOPEになればいろんな予定が狂うし・・
放射線科医は違うといっているとか、
雑念がいっぱい。
 
さらに、その決定権を自分が握っている状況・・
だから、
もう一人の自分がささやくんです
”今日は止めて、明日まで様子見れば?”って・・
明日なら自分で執刀しなくてもいいし、
小児も得意な副院長もいる。
いま、
もし私が”やらない”といっても誰も反対しない。
 
よく医者の間では
家族を診ると誤診するといいます
 
でも、ここは心を白紙にして判断しないといけない
 
この腹部所見で、赤の他人ならどうする?”って
自分に問いかけたんです。
そして
その答えは緊急手術でした。
この所見で”大丈夫”とは外科医なら言えない
 
そしてOPEへ・・
麻酔のH先生を呼び出し、自分で執刀
(娘にメスを入れるって・・実はけっこうツラいです)
 
虫垂は大きく腫れ上がって、化膿していました
幸い
破れていなかったので、よかった!
でも1日おけばわからない状態でした。
 
子供は破れると
膿がおなか全体に広がりやすいため危険なんです
 
5歳の子供なので全身麻酔。
 
丁寧な麻酔をかけてくれたH先生
緊急OPEに付き合ってくれたOPE室のみんな
病棟で送りだしてくれた看護師さんたち
優しく受け入れてくれたICUのNs
ありがとう
 
今日やった一番ちいさい手術でしたが
心の中では一番大きかったです
 
いまから保護者に変身して
付添まーす
・・おやすみ